
【ロサンゼルス=中村将】米西部ワシントン州で広範囲にわたって地滑りや土砂崩れがあり、地元当局などは24日(日本時間25日)までに、14人の死亡を確認、100人以上が行方不明になっている可能性があると発表した。
AP通信などによると、現場はワシントン州スノーホーミッシュ郡オーソの山沿いの集落。一帯では1カ月以上、断続的に大雨が降り、22日(現地時間)に最初の地滑りが発生。その後も約2・6キロにわたり土砂崩れなどが起き、30軒以上の家屋が巻き込まれた。集落につながる道路が寸断されているほか、河川にも土砂が入り込み、氾濫の恐れもあることから、捜索活動は難航している。
郡当局はツイッターで「死者は14人」と発表。乳児を含む多数のけが人がでているという。行方不明者の中には、自力で避難したが、家族と連絡が取れない人も多数いるとみられ、地元当局が所在確認を進めている。
在シアトル日本総領事館によると、これまでに日本人が巻き込まれたという情報はない。
目覚まし時計のアラーム音のお世話になっている人は多い。その目覚ましを元気よく切り、ネコのようにストレッチして朝をスタートする人もいれば、アラーム音を繰り返すスヌーズ機能ボタンをたたいてさらに10分寝る人もいる。だが、この追加の数分は役に立つのだろうか。ペンシルベニア大学ペレルマン医学大学院の睡眠・時間生物学研究所のデービッド・ディンゲス所長に聞いた。
効率的な睡眠
大半の専門家は、大人が1晩に目を閉じている時間は7、8時間が最適だとの見解で一致している。米労働省の時間利用年次調査(ATUS)に基づく2007年の論文でディンゲス氏は、米国人の32.6%は就寝時刻が遅いことから睡眠時間が7.5時間未満で、起きるのは目覚まし時計に頼っていることが分かったと指摘した。意外なことに、そうした人たちはぼうっとしているわけではなく、睡眠の効率が上がっていた。
ディンゲス氏は「健康な人であれば、睡眠が奪われているときは眠りに落ちるまでの時間が短くなる」と話す。「動きが減り、目覚めるのが難しくなり、眠りが深くなる」という。体はいずれ自らをリセットして通常の睡眠パターンの健康な状態を取り戻す。ディンゲス氏は「これは全く問題ない。ただ、数日ごとに長めの睡眠で回復する時間があるときしか通用せず、大半の人にはその時間がない」と言う。
二度寝の効用
ディンゲス氏によれば、眠りが深く、睡眠時間を奪われている人は、目覚まし時計を使って不自然に睡眠を終わらせる。自分で自然に目が覚めたほうが気持ちいいが、2003~12年に米国人13万6000人を対象としたATUSのデータによれば、そうしている人はごく少数だ。
二度寝しても睡眠は増えず、目覚めるまでの時間が長くなるだけだとディンゲス氏は語る。二度寝は「至福の夢のような感じがする。目覚めに近づくほど素早い目の動きや夢が増えるためだ」という。ただ、「二度寝は大して悪いことではない。それで得た追加の10分のおかげで、気持ちがたたき起こされず、そっと起こされる場合もある」
年齢による変化
複数の研究によれば、人は年を重ねると必要な睡眠時間が減り、起きて意識がはっきりするまでの時間が短くなるとディンゲス氏は話す。つまり、二度寝がやめられない人でも、年を取るにつれ自然な睡眠パターンに戻ることが期待できる。ディンゲス氏は、自身が「20代の頃は目覚まし時計が1つでは足りなかったうえに二度寝をしていたが、60代半ばになった今はそれほど多く眠る必要がない」と話す。スヌーズボタンを使うことはほとんどなくなったという。
就寝時刻
ディンゲス氏によれば、全般に就寝時刻が少し早まり、目覚まし時計を全く使わないのが理想だ。テレビ局がプライムタイムの番組を早めの時間帯に移してくらたらいいと願う。自身の患者には、テレビを見ながらソファでうたた寝するときではなく、疲れたときに就寝するように勧めている。「われわれの研究では、睡眠の制限が体重増加につながった」という。「別の研究では、睡眠時間の減少と糖尿病や心疾患の罹患(りかん)率の関係が示されている」
二度寝して睡眠時間が増えたと脳に思わせることは一時しのぎにはなるが、長期的には役立たない。ディンゲス氏は「そうやって目覚まし時計と戯れるより、本当の睡眠をあと10~20分とったほうがいい」と言う。
HEIDI MITCHELL
台湾で、馬英九政権が進めてきた中国大陸とのサービス貿易協定の批准に反対して23日夜から24日深夜にかけて行政院(日本の内閣府に相当)の建物に進入して占拠した学生らの“首謀者”として現行犯逮捕された国立清華大学大学院学生の魏揚さん(26歳)が釈放された。警察側は公務執行妨害などの疑いで現行犯逮捕したが、裁判所は25日午前0時づけで「証拠不十分」として釈放を命じた。
魏さんは24日未明、警官隊が周囲の人々を次々に排除する中、行政院敷地内の広場で最後まであきらめずに学生など占拠側の指揮をとっていたという。警官隊は2度にわたって魏さんの逮捕を試みた。
1回目は台北市警察刑事大隊の黄明昭大隊長が部下とともに気づかれぬように接近ししした。この時点では具体的に書かれていないが、その後の描写から、黄隊長らが私服だったために、占拠側が気づかなかったと考えられる
黄隊長は「魏さんですか」と声をかけた。魏さんが「そうです」と返事をしたので黄隊長は「彼だ。捕まえろ!」と命令した。
しかし、周囲から魏さんを守ろうと一群の人々が殺到し、警官らと魏さんを引き離した。
警察の暴動鎮圧隊は棍棒や盾で武装していた。占拠側は殴られ血を流す人も多かった。暴動鎮圧隊は横列になって盾を並べて、占拠側の人々を圧迫した。魏さんは最前列で、「警察帰れ」などと叫び、時おり後方に向かって指示を出した。
約10分後に黄隊長と私服警官2人が暴動鎮圧隊の「盾の横列」の間から飛び出して魏さんの体を「盾の列の内側」に引きずりこんで、逮捕した。
逮捕後、魏さんは警察の取り調べを相手にしかなった。しかし検察の担当官が来ると「態度が平和的だ」として質問に答えた。
魏さんは「すでに立法院(国会)を占拠していた協定反対派の仲間に対する(警察による実力行使などの)圧力を減らそうとして、行政院を占拠した」と認めた。
自らが首謀者であることは「インターネットで参加を呼び掛けたが、多くの人に参加してもらいたかったからだ。自分も他の人に呼びかけられて参加した」と述べ、主導的な立場にあったことは否定した。
検察は、行政院占拠は計画性があり、魏さんが先頭に立ち現場を指揮していたとして、魏さんの行為は「他人を扇動して犯罪または違法行為をさせた罪」、「群集公務執行妨」、「公務執行妨害」、「住居侵入」、「器物損壊」などに該当するとして、裁判所に身柄勾留の許可を求めた。
裁判所は、検察側が魏さんについて、「占拠していただけで、公務執行妨害があったり行政院占拠を主導または指揮していたとは判断できない」として25日午前0時、魏さんについては「証拠不十分により釈放」との決めた。
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◆解説◆
サービス貿易協定で大きな混乱が生じたことについて、馬英九政権側の責任が極めて大きいことは間違いないが、裁判所が魏さんの釈放を速やかに決めたことには、不思議な側面もある。
魏さんが首謀者だった証拠は不十分としても、現場で「第一線で戦っていた」ことは事実であり、少なくとも「住居不法侵入」は裁判所も認めているからだ。
裁判所の判断の詳しい根拠は不明だが、魏さんの早期釈放は、馬英九政権にとって不利に働く可能性がある。魏さんに何らかの法的処罰が科せられれば「違法行為によって混乱が発生」、あるいは少なくとも「混乱が極端化」などと政権にとっては釈明の余地が生じるからだ。
多くの人が「首謀者」とみなしている魏さんが「無罪放免」となったのでは、「違法行為」との主張も、説得力が薄くなる。
馬英九総統に対する支持率は10%を切るという極めて低い状態が長期化している。2013年9月には、それまで多くの選挙選や民進党との論争を“二人三脚”で戦ってきた王金平議員と決裂した。
さらに馬英九政権は、サービス貿易協定とならんで「政治の二大焦点」とされてきた「原発の建設・維持」の問題も乗り切れていない。原発の是非だけでなく、「国民投票を実施する」などとの公式表明が長期にわたり果たされていないこなど、政策そのものだけでなく、政治手法に対する批判も高まっている。
野党である民進党が馬英九政権を強く批判してきたのは当然だが、国民党内で「馬英九党主席では選挙に勝てない。2016年の総統選で、民進党に政権を奪還される可能性が高い」との不満が高まれば、国民党内で「馬英九おろし」が表面化する可能性も否定できない。
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魏揚さんが在籍する国立清華大学は、台湾・新竹市内にある台湾(中華民国)の国立大学。設立は1955年。
前身は1911年に北京で米国留学予備校として設立された清華学堂。清華学堂は1928年に清華大学と改名され、中国の名門大学として歩むことになった。同大学は1949年に共産党に接収され、その後は中華人民共和国の国立大学となった。52年には文系学部が北京大学に、北京大学の理系学部が清華大学に移管された。
台湾では国民党とともに大陸から逃れてきた文化人、知識人も多く、「名門・清華大学を再興する」として1954年から計画が進められ、主に理工系の人材育成を目的をする大学として55年に改めて設立された。(編集担当:如月隼人)