振り返ってみれば、家庭用4Kテレビを他社に先駆けて提案したのは東芝REGZA(レグザ)であった。2011年に発表された「55X3」がそれである。爾来、4Kトレンドを牽引してきた東芝の、この春夏モデルの展開が実に興味深い。
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40V型から84V型まで全サイズの4Kテレビを用意し、しかもIPSタイプでLED エッジライト方式の84V型(84Z9X)を除くすべてのモデルに正面コントラストの優れたVAパネルを採用、独自開発の直下型LEDバックライトを組み合わせているのである。そして、40V型(40J9X)以外の3モデル(50Z9X/58Z9X/65Z9X)にエリア駆動によるローカルディミング(部分減光)の手法を与え、劇的なコントラスト向上に基づく高画質化を図っているのだ。4K高解像度に見合うオーバーオールの画質性能を磨こうとする東芝の本気度がうかがえる展開といっていいだろう。
家庭用液晶テレビの開発においては、バックライトを装備した液晶パネルの供給を受けるのが一般的だ。しかし東芝は、昨年の秋冬モデルの「Z8」シリーズ(フルHDタイプ)から液晶パネルのみを調達し、自社開発のLEDバックライトモジュールをパネル直下に組み合わせる作戦に出た。この手法を採ると開発コストは飛躍的にかさむはずだが、液晶テレビの画質改善に根本から取り組むため、あえてこの作戦に出たのだろう。
その目的は3つ。1つはパネル直下に置くことでLEDの数を増やして明るさを稼ぐこと、2つめが直下型ならではのLEDのきめ細かなローカルディミングによってコントラストを飛躍的に高めること、そして3番目が広色域なLEDバックライトを採用することで色再現を向上させることである。
明るさについては、昨年の4Kモデル「Z8X」に比べて75%アップの700nit(1 平方メートル当たりの輝度単位=700カンデラ)を実現しているが、それに加えて画面の明るい部分のピーク輝度を復元する「きらめきLED エリアコントロール」と、ガンマカーブを適応的に制御して撮影時に圧縮されたハイライト部分の伸びを復元する「ハイダイナミックレンジ復元」という2つの手法を盛り込み、白の輝きと明部の階調表現を両立させている点にも注目したい。
液晶テレビの弱点といわれ続けてきた色再現については、色域の広いLEDバックライトの採用とカラーフィルターの最適化で広色域化を実現している。同様の手法を採った昨秋のフルHD機「Z8」シリーズよりもさらに色域は広がっており、昨年の4Kモデル「Z8X」よりも約30%色再現範囲が拡大され、デジタルシネマの技術標準化団体であるDCIが定めた色域をほぼ満たす表現力を身につけたという。
それに加えて、「Z9X」シリーズの色再現アプローチで個人的にもっとも興味をひかれるのが“最明色”(さいめいしょく)コンセプトの導入だ。Z9Xは先述の通り、ハイビジョン規格のITU-R BT.709よりもはるかに広い色域を有しているわけだが、ただやみくもに広色域の映像を映し出しても「現実世界にはあり得ない奇妙な色」になる危険性がある。
そこで東芝技術陣が注目したのが「光の反射によって得られる物体色には、物理的な鮮やかさの限界がある」という科学的知見であった。その限界を超えると「反射」ではなく、その物体自体が光って見えるようになる。つまり不自然な色になってしまうわけだ。各色によって異なるその限界値を“最明色”と呼ぶのである。
そこで東芝技術陣は、同社総合研究所が開発した業務用カメラを用いて光学測定した色の学習テーブルを参照しながら、64軸の色相に明度と彩度を掛け合わせた6144ポイントの3次元色空間座標において、すべての色の物体色の限界を考慮した広色域復元データベースを構築していったのである。
昨秋のZ8シリーズから導入されたこの最明色コンセプト、あまり世間の注目を浴びていないようだが、これからのテレビの色の見せ方を考えるうえで実に重要な提案になるのではないかと思う。Z9Xではすべての映像モードの設定にこの最明色コンセプトに基づく広色域復元データベースが活用されている。つまり店頭用の「あざやか」モードにおいても、不自然な派手な色になることのないように注意深く画質設定されているわけである。こういうところに東芝という会社の奥深さ、レグザの成熟を実感してしまうのは筆者だけだろうか。
Z9Xを使用する際、部屋の照度や内装色、再生コンテンツに応じて画質を最適化してくれる「おまかせ」モードを用いることをまずお勧めするが、もっと高画質を追求したいという欲張りなユーザーに向けて、さまざまな映像モードが用意されているのはいうまでもない。とくに興味深いのは、映像のプロがスタジオで使うマスターモニター画質を目指した「モニターD93」「モニターD65」モードが新設されたことだろう。前者はテレビ素材向け、後者は映画素材向けにチューニングされた、とびきり素直なマスター画質である。
また、レグザ独自のコンテンツモードもより細分化された。とくに4Kマスタリングされた最新映画Blu-ray Disc向けの「4KマスターBD」に加えて「4Kネイティブ」モードが加わったことに注目したい。これはもちろん来るべき4K放送に合わせて設定されたモードで、この 6月から始まる4K試験放送でぜひその画質を精査してみたいと思う。
●フル12bit信号処理の「ピュアダイレクトモード」
58V型の「58Z9X」の画質をじっくりチェックしてみたので、そのインプレッションをお伝えしよう。
メタルフレームの幅を上下左右すべて15ミリの細さに統一した、そのすっきりとしたアピアランスがまず好ましい。世界でいちばん厳しいというヨーロッパの転倒防止基準に合わせてコの字に組んだ2本脚スタンドも、以前の1本脚スタンドに比べて格段に視覚的安定感がある。
まず内蔵チューナーによる地デジの放送画質を「おまかせ」モードで確認してみた。ナチュラルな色再現とコントラストの鮮やかさとともにおっと思わせるのが、じつにすっきりとした輪郭描写だ。とくにテロップの周囲に生じがちなジラジラしたノイズがほとんど目立たないところに注目したい。入力信号のエッジ部と平坦部の特徴を検出し、とくに地デジで目立ちがちなブロックノイズやモスキートノイズを効果的に除去するとともに、エリアごとに超解像処理を加えて鮮明さを向上させる新しい手法が盛り込まれたことが効いているのだろう。
部屋を暗くし、映像メニューから「映画プロ」を選び、コンテンツモードを「4KマスターBD」に設定し、昨今重用している高画質映画BDをいくつか観賞してみたが、その画質が実にすばらしかった。
アンソニー・ホプキンス主演の「ヒッチコック」は色彩演出に見るべきところの多い映画だが、「サイコ」のヒロイン役ジャネット・リー(スカーレット・ヨハンソン)とレストランで打ち合わせをするシーンなど、そのつややかな色の美しさと繊細なタッチのディティール描写、そしてすっきりとヌケのよいスキントーンの見事さに声もなく見ほれてしまった。この何ともいえない品格の高い4Kアップコンバート映像は、従来の液晶テレビの常識を破るものといっていいだろう。REGZA史上最高画質であることは間違いなく、先月の本欄で採り上げたソニー「X9500B」シリーズに好ライバル出現との思いを深くした。
今回の視聴では、BDレコーダーの最高画質モデルであるパナソニック「DMR-BZT9600」を用いたが、ふと思い付いてBZT9600の色差4:4:4(Y/Pb/Pr)各12ビット信号をHDMI出力し、本機の1080p画質モードを「ピュアダイレクト」に設定してみた。この状態で観た米国盤BD「インサイド・ルーウィン・デイヴィス~名もなき男の歌」の画質がとてもよかった。
この映画は、数々の名作・佳作を監督してきたコーエン兄弟最後のフィルム収録作品といわれている最新作で、1961年のニューヨークを舞台に売れないフォークシンガーを主人公にした、ちょっと不思議なテイストの映画だ。輪郭強調をまったく感じさせないマスタリングも見事で、独得の立体感が醸しだされ、実に味わい深い。冒頭のコーヒーハウスでルーウィン・デイヴィスがギターの弾き語りをするシーンを観たが、薄暗い室内の階調情報が豊かに提示され、その精妙な映像造形力に息をのんだ。
Z9Xの映像信号処理回路は、前段に1080p信号用の「レグザエンジンCEVO」、後段に4Kアップコンバートなどを司る「レグザエンジンCEVO 4K」を置いた2段構成だが、前段の「レグザエンジンCEVO」の信号処理は10bitに制限されてしまう。「ピュアダイレクト」というのは、レグザエンジンCEVOを飛ばして、12bit信号処理の「レグザエンジンCEVO 4K」にダイレクトに入力するモードで、フル12bit信号処理が可能になる。そのメリットは、「インサイド・ルーウィン・デイヴィス~名もなき男の歌」の冒頭のような、微妙な階調表現力が要求される場面でおおいに威力を発揮することが実感できた次第だ。
理想の4K画質を追求した東芝「58Z9X」の画質インプレッションは以上だが、REGZA ならではの全録機能「タイムシフトマシン」により洗練された4K番組表が加わり、いっそう使いやすくなったこともぜひ付け加えておきたい。
画面下の狭ベゼルにスピーカーが配置された本機の音質は、液晶テレビの平均水準といえるレベルで特筆すべきものではない。本機の卓越した4K画質に音をバランスさせるには、まず両脇に良質な小型スピーカーを設置させることから始めたい。本機の画質品位に見合うサウンドバーや台座スピーカーは現在のところ存在しないと最後に断言しておこう。