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新幹線などに搭載される「医師支援用具」は使われない……かも - だっぢゅニュース

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2026.06.12|コメント(-)トラックバック(-)

新幹線などに搭載される「医師支援用具」は使われない……かも


杉山淳一の時事日想:
 子供のころの私にとって「鉄道員」は、「医師」「弁護士」「警察官」と並ぶ憧れの職業だった。規則や法律を遵守し、頑固で厳しく、しかし、その中に滲(にじ)み出る優しさ。その姿は子供心に「仕事とは何か」「人生とは何か」をぼんやりと印象付けてくれた。

【画像:臓器提供意思表示カード、ほか】

 1970~1980年代のブルートレインブームのころ、鉄道雑誌で檀上完爾(だんじょう・かんじ)さんという作家が活躍していた。鉄道員に密着したルポの第一人者で、車掌さんが遭遇する事件、乗客とのふれあいなどの実話を取材されていて、その中でも車内での急病人の発生や出産などの事件は緊迫していた。車掌や駅員の機転で臨時停車、乗客が助かってめでたしめでたし……という話もあったように思う。

 当時の鉄道好き少年たちはこうしたエピソードを読み、鉄道員への憧れを強くした。その夢が叶って、いま、鉄道の現場で働く元鉄道少年も多いと思う。列車内で急病人が発生し、鉄道員が尽力し、乗り合わせた医師の緊急処置で命が救われる。いい話である。いまでもときどきニュースになる。美談だ。

 ただし、重要なことを忘れてはいけない。緊急処置が成功したから美談になった。しかし失敗すれば悲劇しか残らない。列車内で車掌の呼び出しに応じた医師は、成功と失敗の紙一重の状況に立たされる。しかも揺れる列車内、病院とはほど遠い環境の中で。

●JR東日本の特急列車が「医師支援用具」を搭載

 JR東日本は2月19日、「新幹線・特急列車へ医師支援用具を搭載します」と発表した。列車内で急病人が発生した場合に、乗り合わせた医師に救援を依頼する。いわゆる「ドクターコール」だ。その医師に対して、患者の病状判断と処置方針の切り分けを支援するため、7つ道具を搭載するという。搭載される「医師支援用具」は、聴診器、血圧計、ペンライト、舌圧子(ぜつあつし)、アルコールシート、簡易手袋、パルスオキシメーターだ。

 舌圧子は喉の奥を観察するために舌を押さえる器具。パルスオキシメーターとは、指先などに当てて脈拍数と血液中の酸素濃度を測定する道具とのこと。心肺機能が正常か否かを判断できるという。喘息持ちの私は通院するたびに指先にセンサーを挟まれて、血中酸素濃度を測定される。たぶんあのような機械だろう。パルスオキシメーターは、後段で紹介する日経メディカルの医師へのアンケートの中で「ドクターコールの時にあったらよかったと思う器具」に挙げられている。高価な機械だと思うが、JR東日本は医師のニーズをリサーチして選定したようだ。

 JR東日本に問い合わせたところ、2012年度に新幹線列車内で発生したドクターコールの回数は118件だったという。3日に1度くらいの頻度で、意外と多い。このうち、実際に医師が応じてくれた事例は23件だった。これは118件という数字に対して意外に少ないと感じた。しかし、「急病人が発生した時に、たまたま医師が乗り合わせる」なんて奇跡に近いと思い直した。23件は奇跡の件数としては多い。

 ちなみに医師が乗り合わせなかった場合はどうなるのか。JR東日本によれば、規則は決めておらず、現場の判断で最善を尽くすとのこと。ドクターコールといえども、新幹線車両に用意された多目的室で安静にすれば回復するという事例も多いそうだ。それでも車掌の判断で進行方向の直近の駅に連絡し、臨時停車させて救急隊に引き継ぐ事例もあるという。

 いずれにせよ、これらの処置で急病人が助かればめでたしめでたし。美談に数えられる。しかし、そうもいかない現実もある。

●ドクターコールは医師にとってハイリスク

 JR東日本が善意の医師に期待し、その善意に応えるために「医師支援用具」を列車に備える。これはよい話である。しかし、ドクターコールを受ける側、医師にとっては手放しで喜べない。JR東日本の発表を受けて、医師たちのコミュニティではドクターコールに関する議論が高まっているようで、その様子はtogetter「新幹線で救命処置を行う医者はバカか?」でも垣間見れる。刺激的な見出しだが、真摯(しんし)なメッセージが多く投稿されている。

 詳しくはリンク先を読んでいただくとして、ざっくりまとめると、「処置に失敗した場合、医療過誤訴訟に発展したり、賠償責任が発生するかもしれない」「ドクターコールは医師にとってリスクが大きい」「列車に医療器具を搭載するのは結構だが、医師の免責を法律で補償してもらいたい」という内容であった。持病のある人やJR東日本は医師の善意に期待し、医師もその期待に応えたい。しかし、その気持ちにブレーキをかける要因があるらしい。

 これはなんと不幸なことだろう。急病人にも、医師にも、厳しい状況だ。JR東日本にとっても、「医師支援用具」が期待どおりに使われなければ、そこに費やした「カネ」と「善意」は無駄遣いに終わってしまう。

●「ドクターコールに応じる」と答えた医師は34%

 「ドクターコール」について、医師はどう考えているのか。医師向けの雑誌『日経メディカル』が2007年にアンケートを実施し、5月号で集計結果と考察を発表している。とても参考なる資料で、ありがたいことに電子版で一部が公開されている。こちらも詳しくは該当記事を参照していただきたい。

 758人の医師からの回答によると、「ドクターコールに応じる」と回答した医師は34%、「応じない」は17%、「その時になってみないと分からない」が48%だった。「その時に……」の48%の医師は、実際にその時になればきっと応じてくれる……と期待したいが、即答できないところに医師の悩みが現れている。「応じない」という17%は、その悩みについて自分なりの結論が出ているといえそうだ。

 その「医師の悩み」の筆頭は「医療過誤責任を問われかねない」。つまり、失敗した場合のリスクの高さである。列車内という特殊な環境で、振動も騒音も多く、聴診器が満足に機能しない。野次馬が集まり過度の緊張にさらされるなど、病院内に比べて失敗する可能性も高い。そして失敗すれば、医療過誤として刑事、民事で訴えられるかもしれない。

 前述のtogetterによると「病院外では医師賠償責任保険も効力がない」という意見があった。私は初めて知ったが、勤務医のほとんどは医療ミスによる賠償責任に備えて、自費で医師賠償責任保険に加入しているという。開業医は病院単位で同様の保険に入っている。真摯に職務を全うしても、患者にとって思わしくない結果であれば訴えられ、多額の債務によって人生を棒に振る可能性がある。きっと私の主治医も加入しているのだろう。そういえば、訴訟リスクの高さが理由で、産婦人科医のなり手が少ないというニュースを何度か目にした。大変な世の中になっている。

●実際は免責、と識者は言うけれど

 日経メディカルは同号で、ドクターコールの治療失敗について「法的には免責されている」という意見を掲載した。

 ここでは民事責任について、東大大学院法学政治学研究科教授の樋口範雄氏の言葉を元に、「民法第698条でドクターコールに対する処置は基本的に免責されている」と結論づけている。民法第698条を解釈すると、「医師は急病人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるためにドクターコールによる治療をした時は、悪意又は重大な過失がなければ、生じた損害を賠償する責任を負わない」となる。

 刑事責任については、togetterでモデレータ役となった人が厚生労働省に問い合わせている。それによると、刑法37条1項により「自己又は他人の生命、 身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を越えなかった場合に限り罰しない」として、刑事責任に問われる可能性は低い。ただし、厚生労働省としては「刑事事件については個々の事例について取り調べ、裁判が行われて刑が確定するため、免責を断言できない」というお役所らしい回答であった。ちなみに刑事責任を問う判例はないとのこと。

 刑事的にも民事的にも、ドクターコールに応じた医師は免責されるらしい。しかし、それでも医師たちは不安のままだ。この不安を解消するにはどうしたらいいのだろう。

●日本版「良きサマリア人の法」を求める声

 この問題を調べていると「良きサマリア人の法」というキーワードが出てくる。聖書のエピソードを元に、「急病人に対して無償で善意の行動を取った場合、そこで過失があったとしても結果責任を問わない」という法律だ。「善意である限り最善を尽くせ。あとは法的にバックアップするからね」と、ドクターコールを受けた医師を法的に支えている。これは全米で、免責内容に違いはあれど立法化されているそうだ。

 日本でも立法化に関する議論があるが、制定に至っていない。前述の民法698条と刑法37条で実質的に「良きサマリア人の法」の機能があるという意見もある一方で、それぞれの法解釈によって免責されない可能性を危惧する意見もある。確かに民法698条では「重大な過失がなければ」が気になるし、刑法37条では「生じた害が避けようとした害の程度を越えなかった場合」というただし書きが気になる。

 この問題のゴールは、医師が善意のままにドクターコールを受けて、その手腕を発揮できる社会の実現だろう。私は素人ながら「良きサマリア人の法」があればいいのに、と思う。日本医師会に問い合わせてみたところ、同団体として「良きサマリア人の法」制定に関する政治的な動きはしていないそうだ。

●「善き医師」のために、できることは何か

 JR東日本の「医師支援用具」搭載の施策はよいことだ。これは間違いない。しかし、現在、医師の側にドクターコールに応じる不安がある。これも事実。JR東日本の施策を契機に、交通機関とドクターコールについて、議論が尽くされ、良い方向に進んでほしいと思う。

 例えばルフトハンザ・ドイツ航空は「Doctor on boardプログラム」を実施している。これはドクターコールに応じてくれる医師をあらかじめ登録し、マイレージなどさまざまな特典を用意するほか、ルフトハンザが会社として契約する保険において医師への賠償請求を免責する制度だ。日本の医師も参加できる。

 また、ほかの航空会社も、医療支援器具についても注射液などをそろえているようだ。JR東日本もこうした事例は承知しているようで、今回の「医師支援用具」をきっかけに、今後も必要に応じて旅客サービスの一環として充実させていきたいという。しかし、ドクターコールについて医師の環境が整わなければ、これ以上の施策は踏みとどまるかもしれない。

 さて、多くの読者がこの問題にもっとも関わる立場と言えば「急病人」つまり、助けてもらう立場であろう。私は喘息をもち、慢性腸炎を抱え、2型糖尿病の経過観察の身である。喘息については発作で何度か死にそうになった。現代の医療技術かなくては生きていけない。常に吸入薬を持ち歩いているが、その薬を紛失したら、あるいは使い切ってしまったら、という不安を常に抱えている。

 万が一の場合はドクターコールに頼りたい。私への治療を躊躇(ちゅうちょ)しないでもらいたい。もちろん、どんな結果になっても訴えたりしない。そうした意思表示をさせてもらえたら、少しは医師の精神的負担を和らげるのではないだろうか。例えば、脳死の際の臓器移植には意思表示制度があって、専用のカードや運転免許証で意思表示できる。議論はあるようだが、尊厳死、つまり苦痛を伴う延命治療を拒否する宣誓書もあるそうだ。これと同様に、ドクターコールに対する感謝と免責について遺言できるカードを示せたらいいと思う。私の場合、喘息の発作時は会話ができない。口頭では依頼しにくい。

 以上、JR東日本の施策をきっかけに、恥ずかしながら医療や法律に疎(うと)いまま提案させていただいた。医師の善意にブレーキをかける社会は改善すべきだ。素人考えであっても、そこは間違っていないと思う。


[杉山淳一,Business Media 誠]

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2014.03.16|コメント(-)トラックバック(-)
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